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「お世話になりました。行ってきます」北朝鮮工作母船追跡事案(第5話)

  • 執筆者の写真: wix rbra
    wix rbra
  • 5月31日
  • 読了時間: 5分
「お世話になりました。行ってきます」北朝鮮工作母船追跡事案(第5話)
「お世話になりました。行ってきます」北朝鮮工作母船追跡事案(第5話)

伊藤祐靖

 

「航海長操艦!!」と艦長が怒鳴った。物見遊山で艦橋に居た私であったが急に操艦者の変更を命じられた。戸惑いもあったが、お役御免から突然に当事者となり、さっきまで感じていた工作船の乗員に対する“わだかまり”も“情”も一瞬で吹っ飛んだ。

「1戦速(18kt)とします」

と艦長に断り、

「だいいっせんそ~く」

と命じると同時に、

「マイクよこせ」

と指示した。艦内にも情報を流しておかなければなら

「達する。不審船が急加速し、保安庁からの逃走を開始した。本艦は、逃走中の不審船を追尾する。ただ今から高速航行を行う。上甲板への立ち入りを禁止する。繰り返す。高速航行を行う。上甲板への立ち入りを禁止する」

達するっ!
達するっ!

上手く短い言葉では説明できなかったが、少なくともチェイスが始まったことだけは伝わっただろう。その証拠に、ガスタービンエンジンが起動する「キーン」という音がダブルで聞こえてきた。イージス艦は、2万5千馬力のガスタービンエンジンを4機搭載している。通常は、2機でも十分な速力が出るため、残りの2機は起動していない。

マイクを入れて間もなく、艦橋のスピーカーから機関長の声が響いた。

「機関長から艦長、航海長へ。エンジン全機起動した。10万馬力、全力発揮可能」

またもや、不謹慎ながら心の中では(来ました、来ました。盛り上がって来ました)と感じていた。機関長はエンジンコントロールルームに吹っ飛んでいって起動を指示したに違いない。地味でプロフェッショナリズムを感じる人だったけど、やっぱり、頼もしい。

 

一方、不審船との距離が広がっているように感じた。

(この木造船まさか、瞬時に18kt以上出せるのか?グラスファイバー製の日本漁船ならまだしも、木造でボロボロの漁船に出せるのか?)と考えているうちに、また、不審船から黒煙が上がった。

(チビチビ増速してもしょうがね~。かけちまおう)最大船速までかけてしまおうという意味である。速力に関する操艦号令は3kt刻みになっており、24ktに相当する3戦速以上の操艦号令をかけたなんて話は、まず、聞いたことがない。しかし、この10万馬力の艦で臨んでいるのは、今まさに日本人が連れ去られているかもしれない現場なのだ。ならば、3戦速(24kt)でもなく、4戦速(27kt)でもなく5戦速(30kt)でもなく、ここは一気に最大戦速(33kt)しかないだろう。

ごちゃごちゃ艦長に断ってる暇はない。

「艦長、前に出ます」

「よ~~~し、出ろ」

「最大せんそ~く」

10万馬力が前進力に変わった瞬間だった。車が急加速した時のように後ろに倒れそうになった。

(うわっ、すご~)とは思ったが、悦に入っている場合じゃない。操艦の補佐をしようとしている艦橋勤務員はもとより、CICへ私の操艦意図を伝えておかないと……。

「不審船を追い越し、奴の左前方に出る」

 

続けて、「艦長、ミズアキ(船と船の横距離)100でかわします」と言ったが本当は、不審船の50m横を追い越そうとした。(正直に50mと言ったら、艦長はビビるだろうし、かといって100mも離してはいられないので、とりあえず艦長に嘘をついた)不審船の真後ろ500mにいたので、左に6°だけ針路を変えた。(すぐバレるだろう。でも、その時にはもう遅い)

 「6°取り舵のところ」あまり使用されない操艦号令をかけた。これは「現在指示されている針路より、左(取り舵の方向)へ6°の方向に針路を維持しろ」という意味である。

「近い、近い。航海長、近いぞ」艦長が騒ぎ始めた。

「今取り舵を取ると、けつ(艦尾)が不審船を向き、ウェーキ(スクリューが作る破砕波)がもろに当たって、奴はひっくり返ります」

ウェーキ攻撃
ウェーキ攻撃

「どうすんだ!航海長!」(出ました。出ました。決め“せりふ”)

「あと、10°左に取ります」

「ふ~」艦長は、“ため息”とも“了解”ともとれる返事をした。艦長は、“ひき波”によって不審船が転覆することを気にしているのである。

 一方私は、近くを追い越してあいつの頭を押さえたかった。(行きたい針路に対してそれを阻む位置関係に付きたかった)

ひき波
ひき波
頭を押さえたい
頭を押さえたい

「北鮮とロスケの国境は、何度だ?」

「○○○°です」

 奴らは、その方位より左に針路をとらなければならない。そうでなければロシアに行ってしまうからだ。あの木造船が「みょうこう」より優速でない限り、ロシアの領海に押し出されることになる。この位置関係は絶対に譲れない。


位置関係は譲れない
位置関係は譲れない

ふと、保安庁の船を見ると、ジリジリと距離を離されている。付いてくることができないのだ。

「艦長、頭ふります」頭をふるとは、艦首を右に左に振るという意味だ。

「なに?」

「引き波で速力を出させなくします」

「待て、転覆したらどうすんだ!」

「大丈夫です」

「バカ野郎、日本人が連れ去られてる最中かもしれないんだぞ!」

「あっ(そうか)はい、実はひっくり返るかもしれません、すいませんでした」かなり素直に謝った。

「でも、そう長くはもちません。瞬間的に高速は出せても巡航はできないでしょう」

しかし、不審船は、まったく減速しなかった。

「航海長の瞬間的って、ずいぶん長いな」

嫌な笑顔で艦長に嫌みを言われても謝るしかなかった。

 

しばらくすると、保安庁から連絡が来た。

「ただ今から警告射撃を行います」

パラパラパラ、上空に向けて花火のようなものが打ち出された。てっきり、警告射撃前の試射だと思っていた。そろそろ本射が始まるのだろうか?と思っていた。

「警告射撃終了」

「え~~終わり? あれ本射なの?」(あんなんで、誰がビビるっつんだ)

さらに続けて、連絡が入った。

「海上自衛隊護衛艦『「みょうこう』こちら海上保安庁『○○○』です。本船、帰投するための残燃料に不安があるため、これにて新潟に帰ります。ご協力ありがとうございました」

え~~~~帰る??!!
え~~~~帰る??!!

「なに~~~??!!」

「え~~~~帰る??!!

「『ありがとうございました』だ~~??!!」

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