影本賢治
「どれだけ待てばヘリコプターは、あの轟くような音を立てて、あの鉄条網の中に降り立つのでしょうか。」—戯曲「よそのくに」(野村 勇)
世の中で最も操縦が難しい乗り物は、ヘリコプターであると言われています。私はパイロットではありませんが、陸上自衛隊で装備品の導入に関わる仕事をしていた時に、飛行訓練用シミュレーターを操縦したことがあります。1回目は陸上自衛隊のUH-1J(13人乗りの多用途ヘリコプター)、2回目はアメリカ海兵隊のMV-22オスプレイ(28人乗りの垂直離着陸機)のシミュレーターでした。UH-1Jは思っていたとおり、離陸して数十秒で安定を失って墜落してしまいましたが、驚いたことにオスプレイは離陸から着陸まで無事にこなせてしまいました。


ただし、操縦が簡単なことはオスプレイの特性のひとつに過ぎません。その最大の特徴は高速で長距離を飛べる飛行性能であり、その劇的な向上は約100年間のヘリコプターの歴史の中で最大の進化だと言ってよいでしょう。
ヘリコプターからティルトローターへ
オスプレイは、ローターを垂直から水平まで傾けることで、ヘリコプターのような飛び方(ヘリコプター・モード)で狭い場所から離着陸できるし、固定翼機のような飛び方(エアプレーン・モード)で高速で長距離を飛行することもできるようになっています。このような航空機は「ティルトローター」と呼ばれています。


世界初の実用ティルトローターであるオスプレイは、アメリカ海兵隊だけではなく、アメリカ空軍および海軍、そして陸上自衛隊にも導入されています。また、同じくティルトローターであるV-280バローは、UH-60ブラック・ホークの後継機としてアメリカ陸軍に採用されることが決定しています。将来的には、さらに多くのヘリコプターがティルトローターに置き換えられてゆくことでしょう。


より速く飛べる
通常のヘリコプターは狭い場所からでも垂直に離着陸できる特徴を持っていますが、固定翼機のように速く飛ぶことはできません。時速250キロメートルくらい(新幹線と同じくらい)が限界だと言われています。その理由にはいろいろありますが、そのひとつは水平に回転している翼(ローター)の一方が後方に向かって回転するため、機体が前進することで生じる向かい風が大きくなると、最終的には空気をかき出すことができなくなってしまうからです。

機体の前進がローターに及ぼす影響(一般的なヘリコプターの場合)
これに対し、ティルトローターは、ローターを前に傾けて固定翼機のプロペラのように使えるので、ヘリコプターのような問題が生じません。このため、ヘリコプターの2倍に相当する時速500キロメートル程度(リニアモーターカーと同じくらい)の速度が出せるのです。

通常のヘリコプターは回転するローターが空気をかき出すことで機体を浮かせています。このことは、機体を浮かせるために、常にエンジンの力を使っていることを意味します。このような状態では燃料を多く消費するので、あまり長い距離を飛ぶことができません。

これに対し、ティルトローターには固定翼機と同じような主翼がついています。そのおかげで、前進による向かい風を利用して、効率よく機体を浮かせることができます。このため、燃料の消費が少なくなり、通常のヘリコプターよりも長い距離を飛行することができるのです。

陸自V-22の飛行性能
陸上自衛隊が装備しているV-22は、アメリカ海兵隊のMV-22オスプレイの同型機です。ただし、燃料タンクが追加されていて、それよりもさらに長い距離を飛行できます。

V-22の具体的な性能諸元は公表されていませんが、MV-22に関する情報などから推定すると、次のような性能を有していると考えられます。(飛行の環境や条件によって大きく変化することにご注意ください。)
項 目 | 諸 元 |
最高速度 | 時速約520キロメートル |
巡航速度(燃料の消費効率が最も良い速度) | 時速約490キロメートル |
航続距離 | 約1,380キロメートル(空中給油なし) 約2,520キロメートル(空中給油1回) |
V-22の飛行性能(筆者の推定によるもの)
何ができるようになったのか
1980年にアメリカ軍が在イラン大使館から人質を救出しようとしたイーグル・クロー作戦は、特殊部隊の隊員たちを乗せたヘリコプターが目的地までたどり着けなかったことで失敗に終わりました。その大きな原因のひとつは、ヘリコプターの速度と航続距離の不足だったと言われています。この教訓をきっかけとして開発されたのが、オスプレイだったのです。

日本の自衛隊は、命ぜられたならば直ちに、北朝鮮に拉致された被害者を保護・輸送する任務を行わなければなりません。その際には、現地の空港が利用できない可能性もあります。ただし、速度が遅く、航続距離も短い通常のヘリコプターでは、イーグル・クロー作戦と同じような失敗を繰り返すことになりかねません。

陸上自衛隊のV-22ならば、空中給油を行うことで北朝鮮が完全に行動半径の中に収まります。目的地が滑走路のない場所であっても、半日ほどで移動し、戻って来ることができます。自衛隊は、このような任務をいつでも遂行できる態勢をすでに整えているに違いありません。
あらためて頭が整理できました。ありがとうございました。