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ヘリコプターのホバリングとは何か

更新日:11月13日

影本 賢治 「どれだけ待てばヘリコプターは、あの轟くような音を立てて、あの鉄条網の中に降り立つのでしょうか。」戯曲「よそのくに」(野村 勇)

ヘリコプターが空の一点にピタッと静止している姿を見たことがあるでしょうか。これは「ホバリング」と呼ばれるヘリコプター特有の飛行状態です。

ヘリコプターの能力の中でいちばん重要なのは、このホバリングです。この能力が、ヘリコプターにヘリコプターにしかできない機能を与えているからです。「ホバリングができなければヘリコプターではない」と言ってもよいでしょう。

このホバリング能力があるからこそ、ヘリコプターは山岳救助や高層ビルの火災現場、災害で孤立した地域など、他の乗り物が近づけない場所で人命を救助したり、物資を届けたりすることができるのです。今回は、このヘリコプターの「空中停止」、ホバリングについて解説してみたいと思います。

どうやって空中に止まるの?

飛行機もヘリコプターも、4つの力、「揚力(浮き上がる力)」「重力(下に引かれる力)」「推力(前に進む力)」「抗力(空気抵抗)」のバランスを取って飛行しています。

ホバリングは、このうち「揚力」と「重力」を完璧に釣り合わせることで実現します。ヘリコプターの頭上にある大きな回転翼(メインローター)が高速で回転すると、空気を下向きに押し出します。ニュートンの第三法則(作用・反作用の法則)により、機体は、空気を下に押し出す力と同じ大きさの力が機体を上向きに押し上げます。この揚力を機体の重さ(重力)と同じ大きさにすることで、空中に静止できるのです。

図1:ホバリング中の力の釣り合い
 図1:ホバリング中の力の釣り合い

なぜ尾部にもローターが?機体が回転しないための工夫

メインローターを回転させると、その反作用で機体全体が反対方向に回ってしまいます(トルク現象)。ヘリコプターが姿勢を保ったままホバリングするには、このトルクを打ち消す必要があります。

シングルローター方式:テールローターによる制御

そのための最も一般的な方式は、機体尾部に小型の回転翼「テールローター」を装備する方法です。テールローターは横向きの推力を発生し、メインローターのトルクを相殺します。

シングルローター方式のトルク制御
図2-A:シングルローター方式のトルク制御 

タンデムローター方式:CH-47の場合

CH-47チヌークは、前後に2つの大型メインローターを持つ「タンデムローター方式」を採用しており、テールローターがありません。前後のローターを逆方向に回転させることで、互いのトルクを打ち消し合っています。

タンデムローター方式のトルク制御
図2-B:タンデムローター方式のトルク制御

なぜホバリングは難しいの?

ヘリコプターは本質的に不安定な乗り物です。例えるなら、手のひらの上で箒を逆さに立てるようなものです。何もしなければすぐにバランスを崩してしまうため、手動でホバリングする場合、パイロットは両手両足を常に使い、3つの操縦装置をミリ単位で調整し続けなければなりません。

  • コレクティブ・レバー(左手):上昇・下降を調整

  • サイクリック・スティック(右手):前後左右の移動を調整

  • アンチトルク・ペダル(両足):機首の向きを調整

これらの操縦は互いに影響し合います。例えば、少しだけ上昇しようとレバーを引くと、そのトルクで機体が回転しようとするのでペダルで修正し、その影響で機体が横に流れるのをスティックで修正する...というように、一つの操作が次々と別の操作を必要とするのです。

ただし、現代の多くのヘリコプターには自動操縦装置が搭載されており、加速度センサーなどのデータを統合して機体の姿勢を自動的に維持することができます。これにより、パイロットはホバリング中でも他の任務に集中できるようになりました。

風は味方?それとも敵?

ホバリングをする際、パイロットは可能な限り機首を風上に向けて行います。これは、機体の尾翼が風見鶏のように機能し、機体が安定するためです。

逆に、追い風状態でのホバリングは危険です。追い風を受けると、風見鶏効果がなくなって機体が不安定になるだけでなく、メインローターが作り出した翼端渦がテールローターを直撃し、その効き目を失わせてしまう「テールローターの効果喪失(LTE)」という危険な現象を引き起こす可能性があるからです。

風向きとホバリングの関係
図3:風向きとホバリングの関係

高度によってホバリング性能は変わるの?

ホバリングには、高度によって大きく2つの状態があります。

IGE(In Ground Effect:地面効果内)ホバリング 地上1〜2ローター直径以内の低高度でホバリングする場合、ダウンウォッシュが地面に反射され、揚力が増加します。この「地面効果」により、エンジン出力に余裕が生まれます。

OGE(Out of Ground Effect:地面効果外)ホバリング それより高い高度では地面効果が得られないため、より多くのエンジン出力が必要になります。特に、高温・高地・高湿度といった条件では、空気密度が低下してエンジン出力や揚力が低下し、OGEホバリングができなくなることがあります。

どんな条件ならホバリングできるの?

ホバリングを安全に行うには、エンジン出力が十分にあること、気温・気圧・湿度が適切な範囲内(空気密度が十分)であること、風速が許容範囲内(一般に20〜30ノット以下)であること、十分な視界が確保されていることなどが必要です。

逆に、高温・高地・高湿度による空気密度の低下、強風・突風・乱気流、追い風状態、過積載、濃霧・豪雨・降雪による視界不良などの条件下では、ホバリングができなくなったり、危険になったりします。特に山岳地帯での救助活動では、これらの条件が重なり、ホバリングが極めて困難になることがあります。

まとめ

北朝鮮による拉致被害者の救出作戦においては、この能力が決定的な役割を担うことになります。限られた着陸スペースしかない山間部や海岸線、あるいは着陸できない場所からの救出では、ヘリコプターが上空でホバリングしながら、ホイストやロープを使って救出要員を降下させたり、人員を吊り上げたりする必要があるからです。

厳しい気象条件下、敵対的な環境の中で、正確なホバリングを維持しながら救出作業を完遂するには、高度な操縦技術と機体性能、そして綿密な作戦計画が求められます。ホバリング能力の有無が、拉致被害者の生死を分ける可能性もあるのです。

影本 賢治:昭和37年北海道旭川市生まれの元陸上自衛官。昭和53年に少年工科学校第24期生として入隊し、平成29年に定年退職するまで、主として航空機の補給整備に関する業務に携わっていた。(本人HPより)

イーグルクロー作戦
イーグルクロー作戦

ジャスティン・ウィリアムソン (著), Justin W. Williamson (著), 影本 賢治 (翻訳)イーグル・クロー作戦: 在イラン・アメリカ大使館人質事件の解決を目指した果敢な挑戦

日本にはアメリカと同じことはできません。しかし、だからと言って何もしなくていいわけがありません。この問題を解決に導くためには、日本人ひとりひとりが自分にできることを実行することが何よりも大切だと思います。私にできることは、この本を翻訳することでした。そこには、アメリカ人の自国民の救出に向けた決意と覚悟が書き表されていました。本書が、拉致問題に対する日本人の意識にわずかでも変化をもたらすことを願ってやみません。(訳者あとがきより)

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