ヘリコプターのホイストとは何か?
- wix rbra

- 11月8日
- 読了時間: 7分
更新日:11月15日
影本 賢治
「どれだけ待てばヘリコプターは、あの轟くような音を立てて、あの鉄条網の中に降り立つのでしょうか。」戯曲「よそのくに」(野村 勇)
前回の記事では、ヘリコプターが空中に留まる能力である「ホバリング」について解説しました。ヘリコプターが持つこのユニークな能力は、多くの場面で不可欠なものです。
そのホバリングで真価を発揮する装備の一つが、今回ご紹介する「ホイスト」です。
ホイストとは?
ホイストとは、簡単に言えば「ヘリコプター用の吊り上げ装置(巻き上げ機)」のことです。
ヘリコプターの機体(多くは胴体側面)に取り付けられており、強力なモーター(油圧式や電動式)を使って金属製のケーブル(ワイヤーロープ)を繰り出したり、巻き上げたりすることができます。ホイストの能力は、機種や任務によって異なりますが、最大荷重は270キログラム、ケーブル長は75メートル程度のものが一般的です。巻き上げ速度は、毎秒1~2メートル程度です。
このケーブルの先端にはフックが付いており、専用のレスキュー器材などを用いることで人(救助者や要救助者)、物資、装備などを吊り上げたり、降ろしたりすることが可能です。

ホバリングとホイストの関係
ホイストは、基本的に、ヘリコプターが「ホバリング(空中停止)」している状態で使用されます。
もしヘリコプターがホバリングできなければ、地上の特定の一点にケーブルを降ろし、人や物を安全に吊り上げることは不可能です。
ホイストの操作には、高度なチームワークが必要とされます。パイロットには、風や地形の影響を受けつつ、目標上空の一点で機体を静止させ続ける精密な操縦技術が求められます。また、「ホイスト操作員(またはクルーチーフ)」と呼ばれる専門の搭乗員が、パイロットに「右へ1メートル、前へ50センチ」といった微細な位置修正の指示を出しながら、ケーブルの昇降操作を行います。そのためには、地上の状況(障害物、風、要救助者の位置)を正確に把握できなければなりません
なぜホイストが必要なのか?
ヘリコプターの最大の利点の一つは、滑走路がなくても離着陸できる「垂直離着陸能力」です。しかし、以前の記事でも説明したとおり、どこにでも着陸できるとは限りません。例えば、次のような場所に人員や物資の搭載・卸下を行う場合には、ホバリングした状態で行う必要があります。
樹木や建物に囲まれた狭い場所
険しい山岳地帯の斜面や、狭い尾根
荒れた海の上(船舶の甲板を含む)
ビルの屋上(アンテナや空調設備などの障害物が多い場合)
災害現場のがれきの上
敵の脅威がある危険地帯
このような場所で人命救助や物資輸送、人員の投入・回収を行う際に活躍するのがホイストです。災害時に自衛隊などのヘリコプターが要救助者を吊り上げている映像を見たことがあるかと思います。

ホイストと組み合わせて使われる器材
ホイストのケーブル先端にあるフックには、救助する状況や対象者に合わせて、専用のレスキュー(人命救助)器材が取り付けられます。これらは安全性と迅速性のバランスを考慮して使い分けられます。


ストレッチャー[ホイストで吊り上げられるストレッチャー]いわゆる「担架」です。最大の特徴は、要救助者を寝かせたままの姿勢で固定できることです。これにより、重傷者や意識不明の要救助者を安全に収容できます。
レスキュー・ハーネスこれは要救助者ではなく、救助員が装着するものです。救助員がこれを装着することで、要救助者にストレッチャーやクイック・ストラップスリングを使って、二人同時に吊り上げられるようになっています。
クイック・ストラップまたはレスキュー・スリング最もシンプルで迅速に使用できる器材です。大きな輪っか状の帯(スリング)で、要救助者の脇の下から背中に回して固定します。意識がある軽傷者の救助に使用されますが、体を保持する面積が小さいため、重傷者や意識がない人には負担が大きくなります。
レスキュー・シート座面を広げたり、折りたたんだりすることができる椅子状の器材です。座面を折りたたんだ状態でホイストから降下させれば、樹木の枝葉を自重で貫通し、地上のわずかな隙間にまで到達させることができます。座面を広げると、要救助者を座席にまたがらせ、安全ベルトで固定した状態で吊り上げることができます。
ホイストと拉致被害者救出
このホイスト能力と各種器材が、北朝鮮による拉致被害者の救出作戦において、どのような意味を持つのでしょうか。
仮に、拉致被害者の方々が北朝鮮国内の特定の建物に拘束されていることが判明し、その奪還作戦が実行されると仮定します。作戦が実行される場所は、着陸できる場所であるとは限りません。建物に囲まれた狭い場所から救出するしかない場合も当然考えられます。
隊員の降下
そのような場所からの救出作戦においては、まず、救出部隊が現場に降り立つ必要がありますが、その際に求められるのは「スピード」です。
敵に対応のいとまを与えないため、低高度でホバリングするヘリコプターから飛び降りる、あるいは「ファスト・ロープ」や「リペリング」といった手法で地上に降下する必要があります。ホイストを使った降下も可能ですが、速度が遅いので隊員の降下に用いられることはないでしょう。


被害者の回収
問題は、救出した拉致被害者(一般人)をいかに迅速かつ安全に回収するかです。
隊員であれば、「エクストラクション・ロープ」のような専用のロープにフックをかけ、瞬時に吊り上げる方法があります。しかし、一般人である被害者の方々には使うのは無理でしょう。

そこで必要になるのが、「ホイスト」です。ホイストであれば、被害者の安全を確保しつつ、救助員(隊員)と一緒に吊り上げることができます。
この場合、地上にいる隊員がまず被害者の体にクイック・ストラップなどを装着させ、隊員自身もハーネスでケーブルに連結します。ローターの強力な下降気流「ダウンウォッシュ」の中で、被害者を固定し、安定した状態で吊り上げる作業は困難を極めます。また、ストレッチャーを使用する場合には、地上の隊員がロープを使ったり、機上の搭乗員がスティックを使ったりして、回転を防ぎながら吊り上げる必要があります。
ホイストによる救助を行う場合のホバリングは、高度10~15メートル程度で行うのが一般的です。高度を下げた方が吊り上げに必要な時間を短くできますが、ダウンウォッシュの影響が強くなってしまいます。このため、条件にもよりますが、被害者の回収には、数十秒の時間を要します。

迅速な離脱
被害者を機内に収容したヘリコプターは、即座に現場から離脱して安全な場所に移動します。地上の隊員たちは、後続のヘリコプターによって回収されることになるでしょう。
まとめ
このように、ホイストは「最速」の手段ではありませんが、拉致被害者のような一般の要救助者を「着陸不可能な場所から、安全に収容する」ために不可欠な装備と言えます。災害救助という平時の任務から、拉致被害者の救出という極めて困難な(有事の)任務に至るまで、ホイストが活躍する場面は少なくありません。その作戦の成否は、ホイストを使いこなす搭乗員の練度や、状況に応じて最適な器材を選択する判断力などにかかっているのです。
影本 賢治:昭和37年北海道旭川市生まれの元陸上自衛官。昭和53年に少年工科学校第24期生として入隊し、平成29年に定年退職するまで、主として航空機の補給整備に関する業務に携わっていた。(本人HPより)

ジャスティン・ウィリアムソン (著), Justin W. Williamson (著), 影本 賢治 (翻訳)イーグル・クロー作戦: 在イラン・アメリカ大使館人質事件の解決を目指した果敢な挑戦
日本にはアメリカと同じことはできません。しかし、だからと言って何もしなくていいわけがありません。この問題を解決に導くためには、日本人ひとりひとりが自分にできることを実行することが何よりも大切だと思います。私にできることは、この本を翻訳することでした。そこには、アメリカ人の自国民の救出に向けた決意と覚悟が書き表されていました。本書が、拉致問題に対する日本人の意識にわずかでも変化をもたらすことを願ってやみません。(訳者あとがきより)
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