ヘリコプターはどんな場所であれば離着陸できるのか?
- wix rbra
- 6月7日
- 読了時間: 6分
影本 賢治
「どれだけ待てばヘリコプターは、あの轟くような音を立てて、あの鉄条網の中に降り立つのでしょうか。」—戯曲「よそのくに」(野村 勇)

現役の頃、「陸上自衛隊のヘリコプターで、災害時に民間の保管倉庫から医薬品を緊急空輸する」という訓練を行ったことがありました。私の役割は、訓練開始前に「ヘリコプターを着陸させるための準備」などを社員の方々に説明することでした。どの方もとても熱心に説明を聞いていただき、完璧な準備を行っていただいて、訓練は完全な成功に終わりました。
ただし、社員の方々だけでそういった準備を行えるかというと、なかなか難しいだろうと感じたのも事実です。しかし、有事になれば、どうしてもやらなければならないかもしれません。特に重要なのは、「ここにヘリコプターは着陸できるのか?」という判断です。今回は、その判断に役立つ知識をお伝えしたいと思います。
ヘリコプターが離着陸できる場所について、自衛隊からは具体的な情報が公開されていません。このため、アメリカ陸軍が公開しているマニュアルに基づいて説明してゆきます。
ヘリコプターの着陸に必要な広さ
まず、ヘリコプターの着陸に必要な広さは、着陸するヘリコプターの大きさによって異なります。アメリカ陸軍のマニュアルには、主に次の4つのサイズが規定されています(機外懸吊を行う場合に必要となる、さらに大きなサイズも規定されていますが、ここでは省略しています)。
区分 | 大きさ | 対応する自衛隊ヘリコプター |
サイズ1 | 直径:25m(36歩) 面積:490㎡(テニスコート×2) | OH-1 (陸自) |
サイズ2 | 直径:35m(50歩) 面積:962㎡(テニスコート×4) | UH-1J (陸自) AH-1S(陸自) |
サイズ3 | 直径:50m(71歩) 面積:1,963㎡(テニスコート×8) | UH-60JA (陸自) AH-64D (陸自) SH-60K (海自) UH-60J (空自) |
サイズ4 | 直径:80m(114歩) 面積:5,027㎡(テニスコート×20) | CH-47J/JA (陸自) CH-47J (空自) MCH-101 (海自) V-22 オスプレイ (陸自) |
表1 ヘリコプターの着陸点の大きさ(アメリカ陸軍の着陸点の分類に筆者が自衛隊のヘリコプターを当てはめたもの、歩幅は70cm、テニスコートの面積は約260㎡で算定)
安全な着陸に必要なのは「広さ」だけではない
同じくアメリカ陸軍のマニュアルによれば、離着陸を安全に行うためには、広さだけでなく次の要素も考慮されなければなりません。
1. 地面の状態
地面は、ヘリコプターの重量を支えられるよう十分に固く締まっている必要があります。また、枝などの飛散物はできるだけ取り除かなければなりません。これらがローター(回転翼)に当たったり、エンジンに吸い込まれたりすると、損傷の原因となります。
乾燥した地面や雪面では、ヘリコプターの強力な下降気流(ダウン・ウォッシュ)によって砂塵や雪が舞い上がり、パイロットの視界を奪う「ブラウン・アウト」や「ホワイト・アウト」と呼ばれる現象が発生しやすくなります。ブラウン・アウトの発生を防止するためには、地面に水を撒くのが効果的です。
2. 地面の傾斜
理想的には平らな場所が望ましいですが、7度(腕を伸ばした状態で指3~4本分の角度)までの傾斜であれば安全に着陸が可能です。車輪式の降着装置を持つヘリコプターの場合は、さらに急な斜面でも、着陸が可能な場合があります。
特に斜面に対して横向きに着陸した場合には、一方の車輪やスキッドを支点として機体が急激に傾いて横転する事象が発生しやすくなります。
3. 障害物
着陸点の中には、樹木などの障害物があってはなりません。ただし、高さ45cm未満の草は、そのままでも問題ありません。
また、ヘリコプターの進入・離脱経路上の障害物は、その高さに対して、10倍の水平距離を確保する必要があります。例えば、10メートルの木があれば、着陸点から100メートルの水平距離が必要です。このときの角度は約6度であり、腕を伸ばした状態で指約3本分の高さに相当します。ただし、必要に応じ5倍の水平距離まで基準を緩めることが許されています。

4. 風向きと強さ
ヘリコプターは一般的に風上に向かって離着陸します。これにより、より大きな揚力が得られ、操縦性も向上するためです。一方、追い風や横風はその逆の効果をもたらします。
一般的には、追い風は5ノット(約2.6 m/s、顔に風が穏やかに感じられ、木の葉が動く程度)、横風は9ノット(約4.6 m/s、顔に風がはっきりと感じられ、木の葉や小枝が絶えず動く程度)までが許容範囲とされています。
5. その他の重要な要素
夜間運用
夜間は視界が大幅に制限されるため、より広い着陸点や進入・離脱経路が必要になります。
搭載量と機体性能
重い貨物を搭載したヘリコプターは、急角度で離着陸することができないため、より長い進入・進出経路が必要になります。
空気密度
高度、気温、湿度が高いほど空気の密度は低下し、エンジンの出力やローターの揚力が減少するため、より長い進入・進出経路が必要になります。特に夏の山岳地帯では、重要な問題となります。
ダウン・ウォッシュ
ヘリコプターのローターが発生するダウン・ウォッシュ(下降気流)の強さは、機体の重量によって大きく変わります。CH-47やV-22などの大型のヘリコプターは強いダウン・ウォッシュを発生させます。燃料や貨物を多く搭載している場合にはさらに強いダウン・ウォッシュが発生し、物置くらいのものが吹き飛ばされる場合もあるので注意が必要です。
まとめ:ヘリコプターの離着陸には多くの要素が関係する
「ヘリコプターの着陸には、どのくらいの広さが必要なのか?」という問いには、単一の答えがあるわけではありません。そこには、ヘリコプターの種類、搭載物、天候、地形、障害物の状況などの多くの要因が複雑に絡み合っています。このため、ある場所にヘリコプターが着陸できるかどうかの判断は、できる限り航空科部隊の隊員等によって行われるべきです。
北朝鮮拉致被害者の救出にあたってヘリコプターを使用する場合も、あらかじめ着陸点やその周辺の状況を把握しなければなりません。もちろん、自衛隊は迅速に状況を把握し、必要な措置を講じ、着陸の可否を的確に判断するための訓練を日々重ねています。
影本 賢治:昭和37年北海道旭川市生まれの元陸上自衛官。昭和53年に少年工科学校第24期生として入隊し、平成29年に定年退職するまで、主として航空機の補給整備に関する業務に携わっていた。(本人HPより)
ジャスティン・ウィリアムソン (著), Justin W. Williamson (著), 影本 賢治 (翻訳)イーグル・クロー作戦: 在イラン・アメリカ大使館人質事件の解決を目指した果敢な挑戦
日本にはアメリカと同じことはできません。しかし、だからと言って何もしなくていいわけがありません。この問題を解決に導くためには、日本人ひとりひとりが自分にできることを実行することが何よりも大切だと思います。私にできることは、この本を翻訳することでした。そこには、アメリカ人の自国民の救出に向けた決意と覚悟が書き表されていました。本書が、拉致問題に対する日本人の意識にわずかでも変化をもたらすことを願ってやみません。(訳者あとがきより)
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