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ヘリコプターはどんなところでも飛べるのか?

  • 執筆者の写真: wix rbra
    wix rbra
  • 7月5日
  • 読了時間: 6分

影本 賢治


「どれだけ待てばヘリコプターは、あの轟くような音を立てて、あの鉄条網の中に降り立つのでしょうか。」戯曲「よそのくに」(野村 勇)

陸上自衛隊 UH-60J
陸上自衛隊 UH-60J

ヘリコプターと聞くと、垂直離着陸、空中停止、滑走路不要の着陸など万能な印象を持ちがちです。災害現場での救助活動などを見れば「どこでも飛べる」と思われるかもしれません。しかし実際には、様々な要因でヘリコプターの飛行は制約を受けています。

1. 雲による制約「シーリング」

雲

有視界飛行方式の限界

日本で運航されているヘリコプターのほとんどが「有視界飛行方式(VFR)」で飛行しています。この方式では雲の中を飛ぶこと(シーリングを越えた高度での飛行)が禁止されています。さらに、経路間においては、雲から一定の距離を保つことが高度などに応じて細かく規定されています。

「計器飛行方式(IFR)」なら雲中飛行も可能ですが、基本的には離着陸地点に地上誘導設備が必要です。機体にGPSが搭載されていれば、地上に誘導設備がなくてもIFRでの飛行が可能ですが、あらかじめヘリポートを指定して告示を受ける必要があり、まだ一般的ではありません。

このような制約を受けるのは軍用機も同様であり、米軍や自衛隊のヘリコプターも「雲に入らない」が基本原則となっています。


VFRで雲中飛行が危険な理由

  • 視界を完全に喪失:地平線や地形など、機体姿勢を判断するための基準がすべて見えなくなってしまいます

  • 空間識失調を誘発:上下左右の感覚が混乱し、意図しない急降下や宙返りをしてしまう危険があります

  • 衝突のリスクが大:他の機体や山などの地形、送電線などの障害物を「見て避ける」ことができなくなります


2018年に群馬県で発生した防災ヘリ墜落事故は、悪天候下で雲に突入し、空間識失調状態になったことが原因とされています。


2. 着氷という恐怖

着氷
着氷

着氷のメカニズムと脅威

氷点下環境で雲や霧中を飛行すると機体に氷が付着します。特に外気温0℃〜-10℃が最危険域であり、過冷却状態の水滴が急速に凍結します。(-20℃以下の極低温では、氷晶状態になっているため着氷リスクは低下します。)

着氷は、ヘリコプターに深刻な影響を及ぼします:

  • 揚力が減少:ローターブレードの翼型が変化することで空力効率が低下してしまいます

  • 重量バランスの崩れ:不均一な着氷により激しい振動が発生する恐れがあります

  • テールローターの機能低下:制御不能なスピンに陥る危険があります

  • エンジン停止の危険性:脱落した氷塊をエンジンが吸い込むリスクがあります


対策の限界

UH-60など一部機種にはブレード前縁の電熱式ヒーターなどの除氷装置を装備しており、着氷が発生しやすい条件でも飛行が可能です。ただし、着氷を完全に防止できるわけではありません。

3. 密度高度という見えない天井

空気密度
空気密度

「薄い空気」の三重苦

高標高・高気温・高湿度が組み合わさると空気密度が下がり、ヘリコプターに次のような性能低下をもたらします:

  • エンジン出力の低下:取り込める酸素が不足してしまいます

  • 揚力の減少:ローターが生み出す推力が弱くなります

  • 機体姿勢の制御力が低下:テールローターの推力も減少してしまいます


現実の制約

アフガニスタンでの米軍作戦では「高温・高地」環境により搭載能力が著しく制限されたことが知られています。日本でも2009年の北アルプス・岐阜県防災航空隊ベル412EP墜落事故は、夏場の高温による密度高度上昇が原因で発生したとされています。


4. 夜間という特殊な戦場

夜間
夜間

視界の制約

夜間は人間の視力が昼間の10分の1まで低下し、色彩感覚も失われます。山間部や洋上では「ブラックホール」状態となり、空と地面の境界すら判別不能となります。このことは、低い高度を飛行することが多いヘリコプターに大きな制約をもたらします。


暗視装置の限界

米軍や自衛隊が装備している暗視装置(NVG)は微弱光を数万倍に増幅できますが、次のような問題があります:

  • 視野の狭隘化:約40度という限られた範囲しか見ることができません

  • 距離感の減少:立体感が得られないため、距離を正確に判断することが困難になります

  • ハレーションの発生:光源を見ると画像が見えにくくなってしまいます

1980年の「イーグル・クロー作戦」の失敗も、NVGを使用した夜間飛行の困難さが影響したと言われています。


5. 海という最大の障壁

海
海水

洋上飛行の特殊リスク

  • 着水時に不安定:重心が高いため容易に転覆し、溺死の危険があります

  • 空間識失調を誘発:目標物がない海上では機体の姿勢を正しく認識することが困難になります

  • 塩害の影響:海水に含まれる塩分により精密機械が腐食してしまいます


エンジン数が決める運命

単発機は、エンジンが停止した場合にオートローテーションで着水する以外の選択肢がありません。このため、その運用は沿岸部に限定されます。これに対し、双発機であれば、片方のエンジンが停止しても、もう一方のエンジンで飛行を継続できるため、本格的な洋上飛行が可能となります。

自衛隊では作戦規定で「単発機は単機で洋上飛行してはならない」としているのが一般的ですが、根本的な問題解決のため、双発機への更新が進められています。


結論:制約の中での能力発揮

ヘリコプターは「どこでも飛べる」わけではありません。シーリング、着氷、密度高度、夜間、洋上などの様々な制約が常に存在します。

重要なのは、これらの制約を正確に理解し、その範囲内で安全に運用することです。ヘリコプターの真の能力とは「制約の中で最大限の能力を発揮すること」なのです。将来的には衛星航法や自動化技術により制約が軽減される可能性もありますが、現時点においては厳しい制約の中での運用が前提となっています。

自衛隊は、北朝鮮拉致被害者の救出任務においても、これらの制約を克服し最大限の能力を発揮するため、日々の訓練を継続しています。

影本 賢治:昭和37年北海道旭川市生まれの元陸上自衛官。昭和53年に少年工科学校第24期生として入隊し、平成29年に定年退職するまで、主として航空機の補給整備に関する業務に携わっていた。(本人HPより)

イーグル・クロー作戦
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ジャスティン・ウィリアムソン (著), Justin W. Williamson (著), 影本 賢治 (翻訳)イーグル・クロー作戦: 在イラン・アメリカ大使館人質事件の解決を目指した果敢な挑戦

日本にはアメリカと同じことはできません。しかし、だからと言って何もしなくていいわけがありません。この問題を解決に導くためには、日本人ひとりひとりが自分にできることを実行することが何よりも大切だと思います。私にできることは、この本を翻訳することでした。そこには、アメリカ人の自国民の救出に向けた決意と覚悟が書き表されていました。本書が、拉致問題に対する日本人の意識にわずかでも変化をもたらすことを願ってやみません。(訳者あとがきより)

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