「お世話になりました。行ってきます」北朝鮮工作母船追跡事案(第4話)
- wix rbra
- 4月26日
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更新日:5月3日

伊藤祐靖
「どの船だ!?」
漁船は、真艦首500mにいる。(これしかね~だろ、来るぞ、来るぞ、あの“せりふ”)
「ど~すんだ、航海長」
艦長は、そんなことは言わなかった。興奮はしていたが冷静だった。
「航海長、TAOに言って保安庁へ通報させろ」TAOとは、戦闘に関する全権限を艦長から委任されている者で、副長が乗っていない今は、船務長しかその資格を持っていない(今、その資格を持っているのは船務長だけだ)。そのため、船務長は24時間立直中ということになっており、CICという真っ暗で作戦情報だけが映し出される作戦室にずっと居なければならなかった。その時私は、海上保安庁に何を通報するのかピンとこなかった。だから、艦長の言葉をそのまま伝えることしかできず、もし、TAOから「それはどういう意味だ?」と聞かれてしまったら、何も答えられない“ガキの使い”状態だった。幸い船務長は、少しの間はあったが、艦長の意図を自分なりに理解したようで「う~~ん、わかった」とだけ言った。
数分後、報告があった。
「船務長から艦長へ、先の件の回答が来ました。『問い合わせの漁船登録番号、船名に該当する船舶は現在瀬戸内海で操業中』だそうです。よって、その船舶は偽装船ということになります。保安庁への通報と併せて関係各所へも報告をしました。現在のところ、レスポンス無し。よって、敵が丸腰のわけがありませんので、現在の相対位置を維持し、追跡及び位置通報を行うのが適当です」
「う~ん」うなるように艦長は同意の意思を示した。
(いや~、さすが船務長だな~。参謀業務のお手本だな~。かゆいところに手が届くというか、指揮官は同意の意思を示すだけでいい)“ガキの使い”状態であった引け目もあり、私は妙に感心した。
しばらくすると、「不審船に乗り込む海上保安官達が、大阪から新潟へ航空機で移動中。新潟から高速船で追ってくる」という連絡がきた。要は、「それまで伴走して貰いたい」という話である。

写真撮影を行うとか、船体特徴を報告するとかの作業はあるものの、これで艦内は一応、落ち着きを取り戻し、何となく自分はもう御役御免のような気分になっていた。後は、上級司令部の指示に従ってさえいればいい。私は航海指揮官を交代し、艦首に向かった。艦橋からは死角になっているため不審船の船橋の中までは見えないが、艦首まで行けば見えるかもしれない。艦首につくと不審船の船橋右舷の舷窓が何とか見えた。
「居た」

その舷窓に寄りかかって前を見ている奴が居た。緑の服を着ていた。
「こいつ~。こっちを見ろ、見てみろ、視線で殺してやる」
想いは通じ、こっちを振り向いた。そいつは、何気なく右後ろを振り返り私と目が合った。怒りが爆発するはずだったが、目が合うと全然怒りは湧いてこなかった。
「あれっ」と拍子抜けした感じがしたが、表情に出すわけにもいかず、ジーッと睨み合っていた。しかし、そいつはまた前を見て、視線は外れた。
何となく満足した私は、溜まっているペーパーワークを少しでも減らそうと私室に戻ったが、ペーパーワークなんか手に付くわけがない。
「何でなんだ? いいのか、これで?」
あの観音開きになっている船尾を見た瞬間に血液は沸騰した。抑えようのない怒りが湧き起こった。
(仲間の首を切り落としたギロチンを見たらこういう気持ちになるんだろう)
しかし、工作母船乗員と目が合った時、悲しく寂しい気持ちになった。
(あいつには、自分と同じ匂いがする。時と場所が違っていれば仲間になったんだろう)日本人を“かっさらう”道具を見た時の何のわだかまりもない激情に反して、それに従事する人間を見た時のわだかまり……。こいつだって、個を捨てて公に殉じようとしている……。複数の人間のために自分を捨てようとしている。徴兵制? 将軍様の命令? 背いたら一族郎党収容所? そういう脅しもあるだろう、でもそれだけじゃない。その状況できっと自分の中で正義を見つけようとしているんだ。だから、あんな目なんだ。あいつのやってることは、俺と同じなのかもしれない。立場が違うだけで、実は同じなんじゃないのか?
公に殉じるなんて微塵も感じられない将軍様と、政治家でいるためなら何度でも連呼する“最後のお願いに参りました君”。そいつらからの命令で、あいつと俺たちは殺し合いをするのか……?
「ん~。でも、日本人を“かっさらってる奴”に情を感じて何になるっつんだ」
もやもやとした気持ちをふっきりたくて、私は私室を出て艦橋へ行った。
「保安庁は、いつ来んの?」
立直中の航海指揮官に尋ねた。
「当初、1600(16:00)って言ってたんですが、どんどん遅れて結局1730って言ってます」
「1730に来る? レーダーコンタクト(捕捉)してんのか?」
「してません」
「あと30分だろ? こっちは、12ktだぜ。30分で追いつくには、向こうが30kt出してたってここから9マイルの位置にいないと無理だろうが? このべた凪で30kt出してりゃ、9マイル先の船は見えるだろ。ち~とは頭を使え」
この時点で目標(保安庁の船)をレーダーコンタクト(捕捉)していないなら、17時30分までに来られるわけがない。18時は過ぎるはずだ。
「今日は、日没何時だ?」
「1830頃です」
「保安庁やる気あんのかな? 追いついたらすぐに日没だぜ」
結局、保安庁の船を視認したのが1800、追いついたのが1830で、日没時であった。
保安庁の船がようやく我々「みょうこう」に追いつき、乗り込みを行うために追い越すところで艦内マイクを入れた。
「達する。追尾中の不審船に対し、保安庁が乗り込みを行うため、本艦の右舷側を追い越す」
追い越していく保安庁の船を見ると、若い保安官がヘルメットを被って甲板上に出ていた。(あいつらが乗り移るのか~)私には涙目でこちらを見ていたように見えた。
(あんなに若いのが行くのか…。全員が乗り移ったところで自爆されて、一緒に沈むんだろうな~。気の毒に)私は、彼らに「がんばれ~」と無責任に叫びながら手を振り、それでは足らずに「右、帽振れ」と艦内マイクを入れさせ、艦橋付近にいた全員で帽子を振った。
保安庁の船は、工作母船にいよいよ近づき、まさに今、若い保安官達が飛び移ろうとしていた。「みょうこう」の艦橋の空気も張りつめていた。
息苦しさに耐えきれず、私は艦長に話しかけた。
「艦長、工作船バカに静かですね……」
艦長は、黙っていた。
突如、工作母船から黒煙が出た。増速だ。逃げようとしている! そして、急に舵をとった。
「えっ、あの木造船が、急加速? そんなにスピード出んの?!」保安庁の船が振り切られる!!
つづく
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