予備役ブルーリボンの会
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あなたの国はおかしい

最終更新: 2018年7月28日

伊藤祐靖


ある日突然、内弟子のジェニーが静かに話し出した。

「あなたの国はおかしい」

「何? 突然何だ」

「私の集落は過去に3回占領されたことがあるの。占領されそうな時は、老若男女を問わず命を賭して戦う、当たり前でしょ。占領されたらそれまでの風習、習慣を陰で伝承して、占領している奴の首を狙う。必ず絶対に何があっても、いつか切り落とすわ。当たり前よね。自分の代でできなければ、子供の代、子供ができなければ孫の代、それもだめならその次、その次、永遠に狙い続け、絶対にあきらめない。そして、首を切り落としたら。伝承し続けてきた風習、習慣に一気に戻すの。当たり前でしょ。

掟というのは、若い奴がつくる訳じゃないわ。通りすがりの旅人が作る訳でもない。ましてや、向かいの島の奴が作る訳がないのよ。この土地に本気で生きている者の為に、この土地で本気で生きた祖先が残してくれるもの。それも、長老が自分の生涯を閉じる直前に修正をして次の長老に渡して試行と修正を数限りなく繰り返してきたものよ。だから、この土地に生きる者にとってどんなものより大切なものなのよ。もう、作れないものだからね。そこには、我々が許してはいけないこと、許さなければいけないことのすべてがあるのよ」

次にどんなセリフが来るのかは、判っていた。

「あなたの国の掟は、誰が作ったの?」

「…………」


「あなたの国に本気で生きる気のある人が作ったものでなければ、その土地に合うわけがないのよ。あなたの国に元々あった掟はどうしたの?」

「…………」

日本人が想像している以上に日本の憲法の実体というのは知られているらしい。現に、学校もろくに行ってないジェニーが知っていた。


「無かったの? 使えないほどくだらないものなの?」

「…………」


「太平洋の向こうの奴が作ったものより駄目なものだったの? そんなものしか、あなたの祖先は残してくれなかったの?」

「そんなことはない……」

蚊の鳴くような声で何とか答えた。


「なんで、アメリカの掟がそんなに大事なの? 何があるの、どんないいことがあるの?」

「…………」

ジェニーは、静かに冷静にしゃべっていたが、私は自分の胸下に刃を上に下に何度も何度も刃物を差し込まれている気分だった。


「その掟を大事にしてればアメリカがなにをしてくれるの? あなたの国に原爆を2発も落とした奴にして貰いたい事って何?」

「…………」

「原爆」「落とした奴」「して貰いたい事」このフレーズが頭の中をグルグルと巡っていた。


「あなたの国の何を守ってもらうの? アメリカは、本当に守ってくれるの?」

「…………」

限界だった。それまでうつむいていたが、ジェニーの顔を見た。

「もういい、判った。止めろ」

「止めないわよ、あなたは、守って貰ってうれしいの? あなたは、平気なの?」

「…………」

延々とその時間は続いた。私に降り注いだ罵詈雑言の半分も記憶していないし、記憶の十分の一も書いていない。


「判ったよ。もう、いいだろう」

「今からが、言いたいことよ。聞きなさい。あなたは、日本を守るためにここに住むって言ったわ。みんな信じてるわよ。だから、あなたはここで生きていられるのよ。あなたも、アメリカが作った掟を守ろうとしてるの? あなた、アメリカが作った掟を守るために、ここに住んでるの? だったら、そう言いなさいよ。絶対に誰もあなたがここで生きていることを許しはしないわ。12時間以内にあなたは、生き物じゃなくなるわよ」

「…………」

殺害予告だった。脅しでもなんでもない。本気で私の命をとりに来るだろうと思ったが、危機感も恐怖感もなかった。自分で、俺は殺されてもしょうがない奴なんじゃないかと思った。だから、心のどこかで、殺されてしまいたいとも思っていたような気がする。


「祖先の残してくれた掟を捨てて、アメリカが作った掟を大切にするような人をなぜ助けたいの? そんな人たちが住んでる国の何がいいの? ここで生きればいいじゃない。この土地に本気で生きている人たちと一緒に生きればいいじゃない。みんな、あなたが好きよ」

「…………」

『祖先の残してくれた掟を捨てて』こたえる言葉だった。そしてなぜか、小学校の時の授業を思い出した。先生は、『新しい民主的な憲法が制定されたから、今の幸せで豊かな日本がある』と言っていた。


「みんなと一緒に、ここで生きなさいよ。どうしても、アメリカの掟が大事だというのなら、そう言いなさい。私たちは、そういう人と同じ時間を生きないの。どちらかが死ななきゃならないわ」

勝てそうだからやる、負けそうだからやらない。孫子の兵法なんかに感心している輩には、到底理解できない言葉だと思った。国益に繋がるとか言い出して行う戦争とも別次元のものだとも思った。大東亜戦争、勝てそうだからやったのか? 国益につながるからやったのか? どちらでもないから、愚かな行為なのか? 違うだろう。先輩たちは、どんなリスクがあろうとも、正しいと思うことを貫こうとする祖国のその国家観に命を捧げたんじゃないのか? だとしたら、今の日本はどうなんだ。散華された先輩が一番なって欲しくない国になっているんじゃないのか? ここで暮らせば、そりゃあ幸せだろう。しかし、この身体とこの心に生まれてしまった以上、ここでは幸せな毎日を過ごせても、満足する人生にはならないだろうと思った。 


「確かに、今の俺の国には、守るべきものなんかないよ。守るべきものを作る段階なんだ。戦後はまだ始まっていない。まだ、独立していないんだ。とりあえず行ってくる」と言って、翌日日本に向かった。すぐ日本に住むわけにはいかなかったが、徐々に滞在日数を増やし、ベースを日本に移行していった。

しかし、住んでみたのはいいものの、何をどうしたらいいのか皆目見当も付かず。自分が食うために日銭を稼ぐ時間がいたずらに過ぎていった。

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