予備役ブルーリボンの会
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こいねがう

最終更新: 2018年7月28日

伊藤祐靖


ある日、内弟子のジェニーが額縁を持ってきた。

「これ日本語でしょ? 何て、書いてあんの?」

日本語が見えた。そして、それが何であるかはすぐにわかった。なぜならば、その約10年前に、特殊部隊の命令とはどうあるべきかを考えている時に出会った詔書そのものだったからである。詔書っていったいいくつあるのかわからないが、1000や2000じゃないだろう。先の大戦の開戦、終戦の詔書ならいざ知らず、よりによって、あの時に出会った詔書がここにある。10年前に受けた強烈な衝撃が明確に脳裏に蘇ってきた。何に衝撃を受けたかというと、たった一つの単語“こいねがう”だった。それは、末尾近くに「朕ハ臣民ノ………セムコトヲ冀う」と書いてあった。“○○を行え”、“○○を実施せよ”でもない。帝が使う“願う”という単語に衝撃を受けた。十中八、九、死亡する命令に必要なものは、規則、罰則による強制ではなく。受令者に自ら、その命令に殉じようと決意させるものがなければならない。その命令の意義もさることながら、発令者の生き様に嘘、隠し事なく、至誠があるのであれば、願うだけでそれは、強固な命令となる。受令者は、発令者の願いを願いで終わらせぬために、自分の命を捨ててでも達成しようとするものなのだ。


「えっ、どうしたんだ? どこで手に入れたんだ?」

「拾った」

「馬鹿なこと言うな。これは、今から80~90年前の日本のエンペラーが出した国民に対する命令文章だ。落ちてるわけないだろ、どうしたんだ? どっから持ってきた?」

「拾ったのよ、海の底で拾ったのよ」

ピンときた。こいつは、泥棒ダイビングをしている。大東亜戦当時の沈没船(日本)の鉄板に、結構な値段がつくことは知っていた。浅いところの沈没船は、既に引き上げられ売り飛ばされてしまっているので、残っている沈没船は、すべて50m以上の深海にある。通常の潜水具で入れば潜水病になる可能性が非常に高い。現金に釣られて、危険な深海潜水をして鉄板を売っている奴らがいる。

「まず、深海潜水は止めろ。そのうち間違いなく潜水病になる。水深はいくつだったんだ?」

「60mよ。止めるけど、そこになんて書いてあるか教えてよ?」

「これは、俺が特殊部隊を作る時に、命令のあるべき姿を教えてくれたものだ」

「あなたの思い出なんか聞いてないわよ。何て書いてあるの。訳してよ」

「直訳しても理解できないだろう。本気で訳すから1日待て」

「なんだか、興奮してるけど、その紙は、絶対あげないわよ。今日は、鉄板じゃなくてこの紙を分け前にしたんだから。高いのよ」

「うるせ~。もともと、俺の国のものだろ。何が分け前だ」


翌日、その詔書を英語に翻訳したものを、印刷して、仰々しく額に入れて渡した。読み終わったジェニーは、

「この時の日本の人口は、何人?」

「え~、1億弱かな」

「へ~、これ本当にエンペラーが書いた物なの?」

「そうだよ。エンペラーというか、TENNOU-HEIKA」

「あ~、HIROHITOね」

「違うよ、先代だ」

「凄いね、本当に凄い」

「何が、凄いんだ?」

「あなたの国は、凄い」

「だから何が、凄いんだ?」

「これは、エンペラーが書いた命令文書じゃなくて、部族長が書いたリクエスト文書よ。一億人全部が一つの部族で、それに部族長がリクエストを出すって言うのが凄い。私のところとは、規模が違う」

たくさんの想いが、頭をよぎって、しばらく喋らなかった。ジェニーの数少ない、いいところは、こういう時は、黙って、私がしゃべり出すまで待っていることである。

(一億人全部が一つの部族……。エンペラーの命令文書じゃなくて、部族長のリクエスト文章……。俺は何で、ミンダナオ島の20歳過ぎの内弟子から、日本という国の本質と詔書の真意を教えられるんだ。日本に生まれて、日本語を母国語として、40年以上日本に生きていたのに、なぜ、それが見えなかったんだろう。ジェニーは、どうして一瞬で見抜いたんだろう)

(それに、この詔書はなぜここにあるんだ? その船は、終戦の3年前にアメリカの潜水艦に沈められている。なぜ、関東大震災の2ヶ月後に出された、この詔書が額に入れられて船内に掲げられていたのか? 開戦の詔書であればなんの不思議も感じないが、その船が沈む18年前の詔書が何故掲げられていたんだろう)

「凄いな……」

「凄いでしょ。私は、あなたの国に行く。そして、あなたの友達のサムライに技術を教えて日本語も覚えるわ」

「まず何でお前が自慢するんだ。それから、パスポートとビザっていうものがあるんだよ。あと、サムライなんか居ない。自分で名乗ってる人はいるけどな……。お前はおそらくパスポートをとるのだって無理だ。ビザなんか夢のまた夢だよ」

「日本って面倒くさい国ね」

「ん~、日本だけじゃない。世界中みんなそうなんだよ。何で日本に行きたいんだ?」

「一億人の部族の国よ、行きたいに決まってるでしょ」

「そうか……」


ジェニーには、何も説明しなかった。日本は一つになっていない。毎年首相が変わる国が一つになっているわけがない。右だ左だ、保守だ革新だ、自民だ民主だ、あいつが悪い、こいつが悪い、誹謗中傷、……。

自分自身が一つになっていない日本の一部であることは間違いないが、どうしたらいいのかわからない。どうしたらいいんだ?「昔の日本は、よかった」っていうけど、何で、それがなくなったんだ? GHQ教育? マッカーサーによる日本解体? 明治はよかった。戦前はよかった。本当か? もどれないのか? 

何処へ向っていくべきかが分からなくなったら、判るところまで戻るのが鉄則だ。詔書でわからなくなったんだ。今度日本に行ったら、建国の詔書を読んでみよう……。

その詔書に書かれている。「こいねがわれているもの」に殉じたくなれば、そのために生きよう。殉じたくならなければ、もう一度「自分が何のために生まれてきたのか」を、ゼロから考えようと思った。

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