携帯電話と爪

最終更新: 2018年7月28日

伊藤祐靖


住むところを見た後に、荷物をまとめるため一端宿に帰り、お別れパーティーをするという店に行った。バーベキューハウスというのでちゃんとした店を想像していたが、どう見ても、自分で作ったような屋根にプラスチックの机とイスがあるだけのところだった。さっきまで一緒だった3人と見知らぬ女性2人がいた。女性2人は、ショップの責任者(ジェニー)の友達かと思っていたら、2人の男の友達だという。「日本人に興味があるって言うから連れてきた」そうだ。

「女の子はみんな、ジェニーの友達かと思ったよ」

「あいつは、友達がいない」

「なんでだ?」

「銃をいつも持ってる」

「銃を持ってるくらいで友達ができないのか?」

「それだけじゃなくて、乱暴すぎるし、冗談が通じね~。すべてが普通じゃない」

「すべてが普通じゃない? 俺には、ここのすべてが普通じゃね~んだけど」

私達の会話は聞こえていないはずなのに、なぜか不機嫌そうなジェニーが近づいてきて、携帯電話を差し出した。

「何だよこれ?」

「みんなで買ってきてあげたのよ、全員の番号も入力してあるわ、お金は私が立て替えてんの」

頼んでもいないのに、携帯電話を買ってきて金を払えと言っている。

「いくらだ」

「200円」

「にひゃくえん?? そんなに安いのか? インチキインチキ(現地の言葉で中国人のこと。よって、チャイナタウンの意味)に行って一番安い中古を探してきたのよ。今時そんな古いモデル使ってる人はいないから、あんたにはちょうどいいわ」

「何がちょうどいいんだ?」

「安いし、安全よ」

「安全?」

「どんなに安そうな服を着て、誤魔化そうとしてもだめよ。私達が、誰を狙うかは、使ってる携帯電話と爪を見て選ぶのよ」

「爪?」

そもそも、

「“私達が誰を狙うか”って何だ?」

「金持ってる人の爪は、栄養も行き届いてて、仕事してないからきれいよ。まして、手入れしてたり、男でマニキュア塗ってるのもいるしね」

“私達が”についての回答は無かった。しかし、徐々にジェニーに友達ができない理由は判ってきた。食事が終わり、賭ビリヤードをしに行くという話になると、女性2人は帰った。危ないからだという。しかし、ジェニーは平気でついて来た。

「ジェニーは怖くないのか?」

「あんなところで銃を抜くようなバカなんか、全然怖くないわ」

「バカなのか?」

「停電の時に玉を動かすからケンカになって撃ち合いになるのよ。銃を抜くのに0.5秒、スライドを引くのに0.5秒。私は0.5秒あれば、ビリヤードのボールをバカの横面にヒットさせれるわ、こめかみ、耳、顎どこだっていいの、粉々よ。それからゆっくりキューで両目を突いたって1秒かからないでしょ。便利な道具があれだけ揃ってるのに、銃をわざわざ使おうとする奴は、相手がビビるのを期待してんのよ。そういうバカは、頭蓋骨粉砕と失明よ」

ジェニーに友達ができない理由が明確に判った。

1週間後の飛行場への到着時間だけを告げ、翌日、飛行機で成田に向かった。


飛行機を乗り次ぎ、成田に到着してまず感じたのは、タバコ臭いことだった。それも紙巻きタバコの紙が燃える臭いが鼻についた。自分も特殊部隊に行くことが決まるまで吸っていたので偉そうには言えないが、何とも恥ずかしいような公衆道徳がない国に来たような気分になった。次に感じたのはマナーの悪さだ。成田空港から東京へ向かう電車の中で特に60歳以上と思える人のマナーの悪さが目についた。自分のことしか考えていない。周囲が見えていない。すいてるのに電車のドア付近に立っていたり、改札機の前に立ちはだかってポケットの中を探していたり……。自分が子供の頃は、「今時の若い奴は気配りができない」とよく言われたものだが、今時の若者の方が、60歳以上と思える人よりよっぽど周囲に気を遣い、マナーがいいと思っている。少なくとも周囲が見えているし、気配りもある。ドア付近で突っ立ってることもないし、改札機の前でもたつくようであれば、サッと脇にずれる。もちろん年齢を確認したわけでもなく、統計をとったわけでもない。そう感じたというだけの話だが、いわゆる団塊の世代と言われる世代が妙に目についた。今も目につく。

一週間後、ミンダナオ島の空港に着いた。預けていた大荷物を受け取ると携帯電話が鳴った。

「今どこ?」

「空港のロビーだ」

「駐車場に緑のジープで迎えに来てる」

外へ出ると、すぐにわかった。つるっぱげの家主と例の3人が待っていた。

全員と握手を終えるとジェニーが待ちきれないように聞いてきた。

「“おにぎり”と“おめぼし”持ってきた?」

「持ってきたけど、“おめぼし”じゃなくて“うめぼし”だ」

「速く頂戴、みんなの分あるんでしょ」

ジェニーから、私の現役時代の写真と、何故か“おにぎり”・“うめぼし”を日本から持ってきて欲しいと頼まれていた。ミンダナオ島にも米はあり、みんなご飯は大好きだ。しかし、日本の米のように粘り気がないので、おにぎりにはできない。とはいえ、彼らの関心は、おにぎりを食べることより、その包装だった。えらく感心しながら、でも、誰一人まともに開けられず食べていた。

家主の家に着くと、ラム酒が何本も準備してあったが、家主は3人を待たせて、敷地の説明を始めた。家の周囲には城壁のような壁があり、その城壁の中に3つの家があった。すべて家主の兄弟の家であり、その兄弟が家族と暮らしている。城壁のような壁に沿って家主と歩いて行くと小さな扉があった。

「いよいよ耐えれなくなったらここから、外に逃がす」

「逃がす?」

「子供と女達を逃がすんだ」

「誰が攻めてくるんだ?」

「それは、わからない」

「いつ?」

「そんなことわからないように敵は攻めて来る」

「そりゃそうだわな」

っていうか、おいおい、そんなことを想定してんのか? 戦国時代の城か? いい感じに治安の悪いところを求めてきたけど、ちょっと間違ったな、治安悪すぎだよ……。

それから、家主は家の中に連れて行き、銃のある場所を教えた。今日は、遅いから行かないが、隣の家には、明日連れていく。危ない時は、お前がみんなをコントロールしろ。

えっ、まじ? ちょっと絶句した。誰が何のために襲撃してくんだ? 警察ってどうなってんの? 第一いきなり俺に話しちゃっていいのか? いくらでも疑問は沸いてきた。しかし、コックリとうなずくしかなかった。

「じゃあ、飲むか」

「そうしよう」

待たしていた3人と飲み始めた。私の現役時代の写真を見ながら飲んだ。


ミンダナオ島での生活が始まった。

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