予備役ブルーリボンの会
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頭越しの立ち小便

最終更新: 2018年7月25日

伊藤祐靖 


1998年8月31日12:07 日本海の北大和堆に漂泊中であったイージス艦「みょうこう」の艦内にTAO(Tactical Action Officer:戦闘に関する全権限を艦長から委任されている者)の声が響き渡った。

「でっ、出た!」

「テポドン発射、レーダー探知中!」

「みょうこう」のフェーズド・アレー・レーダーは、テポドンを発射直後から捕らえていた。

 その時私は「みょうこう」の航海長であり、スクリーンに映し出されるテポドンのシンボルマークを直視していた。

「真っ直ぐ東に進んでいる。日本に向かって真っ直ぐ進んでいる」

その先には、三沢基地があった。

「テポドンは、三沢を狙っている。夢じゃないよな……。映画でもないし……。30分以内に沖縄、グァム、洋上展開中の空母から、米軍機が報復攻撃のためにピョンヤンに殺到するだろう。1時間以内に北朝鮮がなくなるかもしれない」

「断末魔に何をするかだ。日本に何をするだろう」

「本当に1発だけなのか? 次弾は? 偵察衛星が捕らえられていない発射基地があるかもしれない」「まもなく、2発目が発射されるかもしれない」

飛行中のテポドンだけを注視していた視線を北朝鮮のムスダンリ(発射基地)付近にも配りはじめた。

「俺は、ここで何ができるんだ? 何をすればいいんだ? 何をするんだ?」

「『みょうこう』に搭載している、途方もない量のミサイルをどう使うんだ……」


ことの始まりは、1本の電話からだった。

「航海長ですか、当直士官の○○です。今どちらですか? 緊急出港です」

「えっ、東京にいる。緊急出港? 何で?」

「電話で言える内容ではありません。ETA(Estimated Time of Arrive:到着予定時刻)は何時になりますか?」

「みょうこう」の母港は、京都の舞鶴市だった。

「ん~、5時間後」

「わかりました」

「間に合うか?」

「わかりません」

「とにかく、帰る」


電話を切ってから、艦に帰る新幹線の中で色々なことを考えた。

「後発航期(出港に間に合わないこと)か?」

乗員の1/3が揃えば、艦は出港してしまう。艦長以外は、誰だって後発航期になる可能性がある。

「航海長が後発航期か~。明らかに緊急事態が起きている。電話で言えない大きな危機?? 何だろう?? その危機があるのに、“いくさぶね”の航海長が後発航期やって、“いくさどき”を逃すのか?」

「それじゃ、生きてきた意味がない」

「何が起きてるんだ? 今できることは?」

「何もない、寝よう」

ぐっすりは寝られなかったが、寝るには寝た。


電話を受けてから5時間後、ビーチサンダルのまま艦に戻った。間に合った。

「艦長、今帰りました」

「行き先はどちらでしょうか?」

「北大和堆」

「北大和堆ですと、概ね250マイル、原速(12Kt)で 20時間位です」

「今からチャートに航路を引きます。ETAは、原速(12Kt)、強速(15Kt)、1戦速(18Kt)で出します」

「わかった」


航路は、極めて簡単、舞鶴港を出港して、博奕(ばくち)崎ライト(灯台)を通過したら、1回しか変針する必要はなく、まっすぐだ。航路を引くのに5分もかからなかった。

「出港準備、艦内警戒閉鎖」

出港30分前に下令し、出港準備と必要最低限のハッチ以外を閉鎖する。

「準備でき次第出港する、航海当番配置につけ」

人員の配置を停泊状態から航海状態へ切り替える。

「出港用意」

陸岸に係留しているすべての“もやい”を解き、航海状態になる。

出港時と入港時は、艦長が操艦し、出港直後及び入港直前は航海長が操艦する。

「航海長、操艦」

艦長から操艦の交代を命じられた私は、「頂きました、航海長。両舷前進原速……。 針路○○○度…」と操艦者が変わったことを宣言し、艦長が下令中の速力指示、針路指示を復唱した。


それから45分後、博奕岬を通過して狭水道を通過し外洋へ出た。

 艦内は、訓練ではない緊急事態が発生し、その為の実任務に向かう高揚感と任務の終了が全く見えない失望感に溢れていた。


「航海長、“ぜんざい”はいつですかね~?」

 戦闘艦艇では、入港前日の夜食は「ぜんざい」と決まっている、それで翌日の入港を知る者も多い。

「まだ、出港して2週間だろ、そんなに、陸(おか)が恋しきゃ、陸勤務になれ」

「そんなの無理ですよ、引っ越したばっかりですから」

 戦闘艦艇に乗ると乗組員手当と航海手当を合わせて本俸の30%程度が支給される。今まで40万円貰っていた給料が陸上勤務になると30万円になり、10万の減俸になるという感覚が船乗りにはある。手当を貰える生活が当たり前になってしまい、いいアパートに引っ越したばっかりで陸上勤務になったら生活が出来なくなりますという意味である。

「じゃあ、我慢しろ」

「わかってんですけど、あさって兄の結婚式なんですよね、出席するつもりだったし、緊急出港の事は当然、言えないまま出港しましたし、日本海の真ん中からじゃ連絡できないし、その日になって突然私が来ないわけです。連絡してきたって、捜したって見つからないですよね。私が居なくなってるわけです。それこそ蒸発してるわけですよね。心配とかするんだろうな……。捜索願とか出さないだろうな……」

「あさってまでに入港の可能性はあるんですかね? いつまでも続くと生糧品もなくなって、浮遊物(みそ汁の具)もなくなるんでしょうね」


これが、Navy文化である。

「艦に帰ってこい」と言われて帰り。

「出港準備」と言われて準備して。

何のために、何処へ行って何をするのか判らない、それがいったいいつまで続くのか判らない。突然、日常生活から隔絶されて、周囲の人からすれば蒸発する。本人は、只々、海の真ん中で命じられた号令に従って培ってきた知識・技量を全力で発揮する。その代わり、毎日白いシーツに寝て、1日4食食べる。空調は完備されていて、暑くもなければ、寒くもない。成功すれば、“ぜんざい”の翌日上陸できるし、失敗すれば、全乗員一緒に溺死する。そして実は、みそ汁の具を心配してる。


 結局、テポドンミサイルは三沢を通り超え日本列島を横断し太平洋上に落下した。ほっとした反面、寝ている自分の頭越しに立ち小便をされたような、血液が沸騰するような怒りを感じた。同時に他国の艦艇もレーダー捕捉をしようとしていた中で「みょうこう」だけが成功したことに満足し、これから行われる解析によって得られる情報の価値を考えると達成感もあった。そして、それは完全に整備されたインフラの中とはいえ、突然この世から蒸発することを強いられ、極端に制限された情報の中で黙々と任務をこなしている彼ら、つまり海曹士の存在なくして得られないことも感じた。私のようにある程度の情報が得られればまだしも、50センチ先も見えないような情報統制の中で黙々と淡々とこなしていく。これが文化なんだ。土砂降りの日も地面に寝て満足に食べられず、凍えて暮らすArmyの文化を考えれば、白いシーツに寝て、好きなだけ食べて、贅沢だと思う。しかし……。

大切なことは、組織の存在理由を見失わず、任務に対しより高度な能力を持っているのかを見続け、それを高め続けることをしているかである。

 残念ながらその時の私は、何となくの達成感で終わってしまった。本来であれば、あれが本土を狙っていたら、どうするべきだったのか、だから、どんな能力を高めるべきかを考え、行動に移さなければならなかった。


 幸い、私が戦闘艦艇の世界から特殊戦の世界に移った数年後、弾道ミサイルを撃墜できるミサイルの発射・撃墜実験に成功し、イージス艦は常時日本海に存在し、日本本土を守っている。


 そして私は、このわずか6ヶ月後再び緊急出港し、その日を境に一気に特殊戦の世界に引きずりこまれることになる。

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